Beginners 現代音楽入門 Shoichi's Lab

- 現代音楽が難しい理由 -

現代音楽が難しい理由のイメージ

 「現代音楽は難しい」や「現代音楽の良さが分からない」と言った話を、ときどき耳にする事があります。

 もちろん現代音楽を難しいものにしてしまったのは、他ならぬ我々作曲家の責任であり、それは大いに反省すべき点だと思っており、これからの現代音楽作曲家が(私も例外無く)、対峙しなければいけない問題だと考えております。

 しかし、「現代音楽は難しい」と言っても、「何が原因で現代音楽を難しいと思ってしまいましたか?」と、音楽に対する具体的な理解について質問をすると、きっと多くの方が返答に困まられるのでは無いでしょうか?

 どんな物事についても根本的な原因となっている“そもそもの理由”が分からなければ、その解決策を見出す事は非常に困難になります。

 そこで、ここでは「現代音楽を多くの方に理解して欲しい」と言う現代音楽作曲家としての“強い願い”も込めて、「現代音楽が難しい理由」について現代音楽作曲家としての立場から語ってみたいと思います。

現代音楽が持つ“垂直方向の響き”

 現代音楽が難しい理由として、多くの方が始めに思い付かれるものとして、「リズムが複雑」、「歌えるようなメロディーが無い」、「ハーモニーが不協和音」と言う3点が挙げられると思いますが、実は、そういった音楽的要素に加えて、現代音楽を更に難しくしているものとして「垂直方向の響き」と言うものがあります。

 「音楽なのに垂直?数学?」と、不思議に思われる方もいらっしゃると思うので(笑)、まずは「垂直方向の響き」がどういったものかを端的に説明しておきたいと思います。

 垂直方向の響きとは、「音の前後に休みがあり、突然、驚かすかのように鋭く強い音が鳴り響く事」を指します。

 例えば、現代音楽を日常的に聴かない方が演奏会やコンサートに行き、演奏中、静かな曲の雰囲気に包みこまれ、ついつい眠りに落ちてしまいそうになってしまったとします。そんな時に“突然の大きな音”が響き、思わず「ハッ」と目覚めてしまった経験はありませんか?

 他にも、ホラー映画等で、これから何かが起こりそうなシーンで、ジワジワと緊張を煽っていき、「突然、見る者を脅かすような大きな音」が鳴りますよね(思わずドキッとする“あの音”ですね(笑))?

 これらの音が「垂直方向の響き」です。

“垂直方向”と“水平方向”の音楽

 このような音の特性を持つ「垂直方向の響き」ですが、クラシック音楽(過去数百年の音楽)では、作曲家が意識的に「垂直方向の響きを盛り込んだ楽曲」を作曲する事は余り無く、主流となったものは垂直方向の響きとは対となる存在の「水平方向の音の持続から成る音楽」でした。

 この「水平方向の音の持続から成る音楽」の流れは、現在のポピュラー音楽、映画音楽、またはテレビで聴く音楽など、日常に溢れている“ほぼ全ての音楽”へと受け継がれており、必然的に私たちが耳にする機会が多い音楽は「水平方向の音」と言う事になります。

 では、なぜ日常的によく聴く音楽は「水平方向の音の持続から成る音楽」が主流になってしまっているのでしょう?

 その答えは本当に単純で、「大多数の人が感動できるから」です。

 人間が何かに感動するためには“ある程度の時間”が必要で、特に、「同じ事を繰り返したり」、「一定のものを変化させたり」する事によって、徐々に聴き手の心へと入り込んでいき“感動”へと到達します。

 水平方向の音の持続から成る音楽は、このような“段階を踏んだ音楽である”と言えます。

 それに対して、「垂直方向の響きの音楽」は、“衝撃的な一発”が印象的な音楽で、「水平方向の音の持続から成る音楽」が“段階を踏んだ音楽”ならば、強力な一撃により“聴いている人の心を一瞬で掴む音楽”と言えます。

 もう少し分かり易くするために、この2つの音の特性をについて恋愛に例てみましょう。

現代音楽が難しい理由“突然のプロポーズ”イメージ

「水平方向の音の持続から成る音楽」を恋愛に例えると?

 「水平方向の音の持続から成る音楽」は、何度もデートを重ねていく間に相手と徐々に親しくなり、待ちにまったプロポーズの瞬間が(曲の)クライマックスです。

 段階を踏み、徐々に親しくなっていく過程において、相手(音楽)を理解させる時間が生まれ、それがたとえ好みのタイプ(好みの音楽)からのプロポーズでは無かったとしても、そこには相手(音楽)への一定の理解があるため感情移入しやすく、プロポーズ(クライマックス)に“ある程度の感動”を受ける事ができます。

「垂直方向の響き」を恋愛に例えると?

 一方、「垂直方向の響き」の場合は、それは正に“突然のプロポーズ”のようなものです。

 そのプロポーズが魅力的な人物(魅力的な楽曲)から受けたものであれば、それは少女漫画で描かれるようなドラマチックな“衝撃”となりえますが、もしそれが全く興味の無い人からのプロポーズであれば「え?この人(曲)、いきなり何?」となってしまいます(笑)。

 つまり、「垂直方向の響き」は、作曲家が上手く使う事で、今までに体験した事の無い素晴らしい体験を聴き手に与える事が可能ですが、下手をすると、全く人の心に響くような楽曲にはならず、「怖い」や「気持ち悪い」と言った不信感まで相手に与えかねない、“諸刃の剣”のようなものだと言えます。

 現代音楽には、そのような長所と短所を持つ「垂直方向の響き」が意図的に仕組まれているため、“突然のプロポーズ”に対して免疫の無い方々にとって、「理解が難しい」と言われてしまう事がある訳です。

「垂直方向の響き」は誰の心にも響く!?

 次に、聴衆の中に「一撃必殺の垂直方向の音が心に響く人と、響かない人がいる」と言う現実についてお話をさせて頂きます。

 先に紹介したように、垂直方向の音が心に響く人にとっては、「これまでに経験した事ない鮮烈な衝撃」が走る一方で、響かない人にとっては、ただの「うるさい音(ノイズ)」となってしまいます。

 このように垂直方向の音が心に響くかどうかについて、今までに聴いてきた音楽や環境など様々な要因によって全く違ってくるのですが、実は、この垂直方向の音への理解は、「どんな人でも可能」です。

 その証拠として、先ほど紹介したホラー映画で誰しもが“恐怖”や“驚き”を感じる事ができているからです。

 では、なぜ現代音楽になると、その垂直方向の響きに対して理解が難しくなるのでしょう?

 その答えは、「作曲家の意図を読み説く」と言うところにあります。

 映画では、恐怖するシーンに合わせて楽曲が進行していくため、その過程において、人は無意識の内に「そろそろ音が鳴る!」と楽曲の意図を探りながら聴いており、映像が作曲家の意図を聴き手に分かり易く伝えています。

 しかし、コンサートや演奏会においては、映画のように物語の進行を映す映像が無いため、聴き手が楽曲の意図を頭の中で読み説く必要が生まれてきます。

 例えば、音楽を聴きながら、作曲家が「どれくらいの間を“垂直方向の音”の前後に作っているのか?」、また、「“垂直方向の音”の間や後に出てきた音はどんな音か?」と言う風に、音楽そのものを頭の中で映画のように映し出し、今後の展開を予想しながら聴いてみてみると、今まで見えてこなかったものが確実に見えてくるようになります。

 また、もし「映像を頭の中で組み立てる事が難しい」と思う場合には、まずは「これは垂直方向の音」、「これは水平方向の音」と言う風に感じながら聴いてみる事でも、作曲家の意図を感覚的に理解しやすくなります。

「垂直方向の響き」に苦悩する現代音楽作曲家

 現代音楽の作曲家達は、新しい音楽と芸術の探求のため、積極的にこの「垂直方向の響き」を意識的にを盛り込み作曲している訳ですが、常に「一撃必殺となるような“強力な音”が欲しい」と悩み葛藤をしております。

 一撃が強力なものになるように、「音はどうするのか?」、「前後の間をどうするか?」と何度も何度も検証し、そして「小さな音を複雑化」、「一撃に魅力を与える工夫をする」、「聴き手を悩ませるように作る」と言った事を考えます。

 また、“強力な一撃”は“必ず”強い印象を聴き手へと与える必要がある事から、必然的に“連発はNG”となり、せっかく垂直方向を持って生まれたはずの音楽が、気が付けば水平方向の持続性を持ち合わせてしまう事さえあります。

 『垂直方向の響きで衝撃、水平方向の持続で感動』

 「EDGE String Quartet」は、特にそんな“垂直方向”や“水平方向”の音を意識して作曲しております。

 もし、お時間が許すようならば、一度、皆さんの頭の中で、ここで紹介した事を意識しながら聴いて頂ければ幸いです。

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EDGE String Quartet

EDGE String Quartet演奏風景

EDGE 概要

 作曲家の登竜門である「音楽情報第80回日本音楽コンクール」で2位入賞を果たした「EDGE」は、「静寂の中に突如として現れる激しい音の可能性」を体験して頂きたい一曲です。

 曲は二部構成から成り、音楽が1つの音から次の音へ移行する瞬間のEdge(鋭さ、端)をメインテーマとして掲げた作品でも有り、音の一片一片が「鋭い破片となり集積していく様」をイメージして頂ければ幸いです。

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